心臓病(狭心症や心筋梗塞などの「虚血性心疾患」)は、がん・脳卒中と並ぶ日本人の三大死因のひとつで男女とも日本人の死因第2位です。厚生労働省が2019年に発表した「人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、「急性心筋梗塞」による死亡者数は年間約3万1500人、その他狭心症を含む「虚血性心疾患」による死亡者数は年間約3万5800人にものぼります。
突然死のおもな原因でもある心臓病は、高齢者だけではなく30代以上の働き盛りの世代にも増えてきています。心臓病による突然死を未然に防ぐためには「心臓ドック」による早期発見と早期治療が何よりも重要です。 この記事では心臓ドックを受診したほうがよい方から、受診費用、自分にあった検査の選び方まで、「心臓ドック」とは何かを解説します。
★こんな人に読んでほしい!
・親など血縁者で心臓の病気を患ったことがある方
・ストレスを抱えがちな方
・心臓に違和感をお持ちの方
・心臓ドックを受けようと思っているが自分に合った検査を知りたい方
★この記事のポイント
・30代から心臓病は増加する
・症状がなくても突然死する可能性があるため、早期発見・早期治療が重要
・心臓ドックを受けたほうがよいのは、生活習慣病がある方や30代以上の男性
・心臓ドックの費用相場は2~5万円。ただし、プランの内容による
・心臓ドックの検査内容と各検査の選ぶポイント
目次
突然死の7割が心臓病。30代から患者数は増加する
「それまで通常の生活を営んでいた,健康にみえた人が24時間以内に死に至ること」を医学的には「突然死」といいます(事故死などは含まれない)。
東京都医務監察院が2009 年に突然死した9,042 人を検案した結果では、脳心血管系に起因した心臓の病気(循環器性疾患)が 69.3% を占めていました。なかでも最も割合が高かったのが「心筋梗塞」などの虚血性心疾患です。
「狭心症」や「心筋梗塞」などの虚血性心疾患の発症リスクは加齢とともに高くなります。厚生労働省が2017年に発表した「患者調査の概況」によると、心臓病の総患者数は高血圧性心疾患を除いて173万2000人で、これは悪性新生物(がん)の178万2000人と並ぶほど多い数字です。
30代から心臓病の患者数は増加し、50代後半になると心臓病の発症リスクは本格的に高くなり、虚血性心疾患の患者数は30代の6倍以上にも急増します。
狭心症や心筋梗塞は、冠動脈の動脈硬化がおもな原因
心臓の役目と冠動脈とは
心臓は心筋と呼ばれる特殊な筋肉でできていて、全身に酸素や栄養素をいっぱいに含んだ血液を心筋が収縮することでポンプのように送り出しています。健康な心臓は、毎分60回から100回程度収縮しており1日にすると約10万回、1分間に送り出す血液量は3~4リットルと言われています。
心筋にエネルギーを供給しているのが、心臓を覆うように走行している冠動脈(かんどうみゃく)という血管です。
冠動脈が狭窄して起こる狭心症、冠動脈が詰まって起こる心筋梗塞
狭心症は、冠動脈が狭くなり心筋に血液が十分に行き渡らなくなることで発症します。心筋は心臓を動かすポンプの役割をしており、酸素を含む血液を全身に送り出す左心室の心筋がとくに厚くなっています。冠動脈への血流が悪くなると、心臓への負担が大きくなったり動きが悪くなったりしてしまいます。
冠動脈が狭くなるおもな原因は、動脈硬化です。冠動脈内に形成される「プラーク」と呼ばれる物質が何かの拍子に剥がれ、血管が一時的に狭くなると狭心症が起こります。プラークとは、脂質(コレステロールのこの一部)や石灰などからなるかたまりです。
狭心症のおもな症状は以下の通りです。
● 走ったときなどに、数分間の息苦しさや胸の痛みを感じる
● 胸の痛みで目がさめる
● 夜や明け方にトイレに立ったときや洗面時に胸の痛みが起こる
● 左肩~腕にかけての痛みを感じる
狭心症は一過性の疾患ですが、そのまま放置するのは非常に危険です。なぜなら、狭くなった冠動脈が完全に詰まってしまうと「心筋梗塞」を発症して最悪の場合、突然死に至る可能性もあるからです。
心筋梗塞のおもな症状は以下の通りです。
● 安静時・身体を動かしているときに関係なく胸の痛みがある
● 突然締めつけられるような胸の痛みが15分以上続く
● 動悸、息切れ、嘔吐、冷や汗、めまい、脱力感がある
急性心筋梗塞(心筋梗塞)の約半数には1ヶ月以内に狭心症の症状がみられると言われており、もしも現時点で上記の症状を自覚しているなら早急に検査をしたほうがよいでしょう。
また、現在症状がない人でも狭心症や心筋梗塞を未然に防ぐためには早期に検査をして発見・治療をすることが大切です。その手段が「心臓ドック」です。
心臓ドックで狭心症と心筋梗塞の早期発見を
心臓ドックは、命に関わる心臓病の発生を未然に防ぐことを目的としています。心臓に特化した検査をすることで現在の動脈硬化の程度、狭心症や心筋梗塞、危険な不整脈など心疾患の発症リスクを早期に評価できます。
「会社の健診で心電図やレントゲン検査を受けているから大丈夫だろう」と思う方もいるかもしれませんが、通常の健診や人間ドックだけでは、自覚症状のない初期の心臓病を発見するのは非常に困難です。
実際、健康だと思っていた30代から40代の働き盛りの人が、ある日突然心臓発作(急性心筋梗塞)を起こすケースが増えています。
心臓ドックについて詳しくはこちらをご覧ください。
心臓ドックとは? 費用や検査内容、病院のおすすめの選び方を解説
心臓ドックを受けたほうがよい方
先ほど示した狭心症や心筋梗塞の自覚症状が既にある人は、心臓ドックではなく医療機関で早急に検査を受けることをおすすめします。
以下に当てはまる方は、自覚症状がなくても心臓ドックの受診が推奨されます。
● 30代以上の方(とくに50代以上は要注意)
● 高血圧、糖尿病、脂質異常症(高コレステロール症)などの生活習慣病がある方
● 喫煙者
● 血縁者が心臓疾患で亡くなっている方
● ストレスが多い方
記事のはじめにお伝えした通り、心臓病の患者数は30代から増え始めて50代になると急増します。これに加えて男性は心筋梗塞の発病率が女性の3倍ということがわかっているため、50代以上で生活習慣病をお持ちの男性はとくに心臓病に注意が必要です。発症リスクが高くなる30代から受診するようにしましょう。
心臓ドックの費用
心臓ドックの費用は2~5万円が相場です。
心臓ドックの内容は医療施設によって変わりますが、比較的簡便な検査である「心電図」や「血液検査」「血圧脈波検査」は基本プランに含まれている医療施設が多いです。その他、「心臓超音波検査(心エコー検査)」「冠動脈CT検査」「心臓MRI検査」「負荷心電図」など高度な医療機器を使う検査の組み合わせで費用に差が出てきます。
また、専門医が3D画像などと合わせて検査結果を当日説明してくれる医療施設は人気が高いので、費用もやや高い傾向があります。
CT検査で石灰化を見つけるだけのプランであれば1万円前後で受けられる医療施設もありますが、値段だけで選んでしまうとせっかく受診したのにもかかわらず必要な情報を見落としてしまう可能性があるので注意が必要です。
心臓ドック検査の種類
心臓ドックの検査は種類が多くてどれを選んでよいか迷ってしまう方も多いと思います。以下に心臓ドックの具体的な検査内容やそれぞれの検査でわかることについてまとめました。
運動負荷心電図検査
急いで階段を登ったときに胸の苦しさを感じたことはありませんか? そのような経験がある方に推奨したい検査が運動負荷心電図検査です。
心電図は簡易的に心臓の異常を見つけるのに有用な検査ですが、一般的な企業健診や人間ドックでは、寝た状態の心電図しか検査していないので、初期段階の心臓病の異常な心電図の変化を見つけるのは難しいです。
運動負荷心電図検査では、運動してあえて心臓に負荷をかけることで心筋に血液が十分に行かない状態(虚血といいます)を起こし、心電図上の変化を見つけます。
心電図の電極を胸に貼った状態で、ランニングマシーンや自転車のような運動装置を使って、年齢や性別などを考慮しながら心臓に負荷をかけていきます。検査時間は30分程度で、検査中に胸の痛みを感じたり息苦しさが強く現れたりした場合は中断することも可能です。
CTやMRI検査が心臓の「見た目」を評価しているのとは異なり、運動負荷心電図検査は心臓が正常に「機能」しているかどうかをより正確に評価することができます。運動時に胸の痛みを感じたことがあるという方にとくにおすすめです。
【運動負荷心電図検査でわかること】
● 不整脈の有無
● 不安定狭心症や急性心筋梗塞など虚血性心疾患の疑いがあるか
● 運動時に感じる胸の痛みが病的なものではないか
● 運動時にも心臓が正常に動作しているか
心臓超音波検査(心エコー検査)
心臓超音波検査は、超音波を用いて心臓の内部構造・心臓壁の動き・弁膜の状態や血流に関する情報を短時間でリアルタイムに調べられる検査で、個々の心臓の形に合わせて、最も見やすい心臓の断面をうつしだしています。
体型や体勢によって見え方が変わるので、心臓超音波検査は検査者の技量が求められます。熟練した技量のある検査者を探す判断材料の一つとして、日本超音波医学会循環器認定の「超音波検査士」があります。超音波検査士は、十分な専門知識と優れた技能をもつ技師が有する資格なので、心臓超音波検査に力を入れている施設かどうかの目安になります。
超音波検査のメリットは、受診者への負担が少なく得られる情報が多いということです。検査時間は20~30分程度で、ベッドに横向きに寝た状態で胸の上にゼリーを塗ってプローブ(探触子)と呼ばれる装置をあてるだけで画像が得られます。また、放射線の被曝や造影剤と呼ばれる薬剤を体内に投与する必要がなく、検査時間も比較的短いので受診者への負担が少ない検査と言えます。
心臓のポンプ機能が正常かどうかという緊急性のある重要な情報を画像から評価することができます。ただし、血管内の詳細な評価は難しいので、動脈硬化が心配な方は次に述べる血管の石灰化や狭窄が評価できる心臓CT検査や心臓MRI検査と組み合わせるとよいでしょう。
【心臓超音波検査(心エコー検査)でわかること】
● 心臓壁が正常に動いているか
● 心臓の弁の構造や動きは正常か
● 心臓の血流に逆流はないか
● 心臓のポンプ機能(駆出率)はどのくらいか
冠動脈CT検査
CT(コンピュータ断層撮影)検査の一種で、X線を用いる放射線検査です。冠動脈の走行や、狭心症や心筋梗塞の原因となる血管の狭さ(狭窄度)、血栓の有無などを調べます。
検査の途中で造影剤と呼ばれる薬剤を静脈から注入することで心臓の血管をより詳細に観察しています。また近年では、心電図の電極を胸に貼ってCT装置と連動させることで、心臓の拍動に合わせてブレの少ない高精細な画像を撮影できる装置も増えています。
検査時間は15~30分程度です。造影剤は喘息の既往がある方に気持ち悪さや息苦しさの副作用が出る確率が高かったり、一部の糖尿病の薬の服用を止める必要があったりなどの制限があるため、検査を受けられない場合もまれにあります。
冠動脈CT検査の強みは、心臓MRI検査よりも冠動脈の狭窄や細い血管をより詳細に評価できるという点です。
【冠動脈CT検査でわかること】
● 冠動脈の走行や狭さ(狭窄率)
● 冠動脈内の血栓の有無
● 大動脈解離や大動脈瘤などの大動脈疾患の有無
心臓MRI検査
MRI(磁気共鳴画像撮影)検査の一種で、電磁波を使用しているため放射線の被曝はありません。心臓MRI検査では最も厚い心筋に覆われている左室の壁運動の評価に加えて、冠動脈の走行や血管の狭さ、血栓の有無などを調べられたり、心臓のポンプ機能が正常かどうかも評価したりすることが可能です。
さらに、造影剤という薬剤を静脈から注入するプランの場合には、心筋に血流が低下して繊維化している部位がないかどうかすなわち虚血性心疾患の疑いがないかどうか調べることもできます。
心臓MRI検査は他検査に比べて左室の壁運動を評価するのに最も優れているので心不全の発症リスクがある方に向いていますが、撮影時間が1時間前後と長い上に息止めをする回数が多いので高齢の方は検査が難しい場合があります。
また、MRI検査はペースメーカーや人工内耳など体内に金属が埋め込まれていると検査を受けられないことがあるので、そのような場合は事前に医療施設に体内金属が入っていることを伝えてください。
【心臓MRI検査でわかること】
● 左室の壁運動
● 冠動脈の走行や狭さ(狭窄率)
● 冠動脈内の血栓の有無
● 心筋の繊維化(急性心筋梗塞、心筋の虚血具合など)
● 心臓のポンプ機能(駆出率)はどのくらいか
● 心臓の弁の構造や動きは正常か
● 心臓の血流に逆流はないか
血圧脈波検査
血圧脈波検査では、両手足の血圧と脈波を同時に測定することで、いわゆる「血管年齢」を算出します。
検査項目にはABI(両上肢両足首血圧比)、PWV(脈波伝播速度)、CAVI(心臓足首血管指数)などがあり、これらの数値から心筋が血流を押し出したり取り込んだりする力や動脈硬化の進行具合を判断することができます。
とくに、喫煙歴がある人・糖尿病・高コレステロール血症・高血圧の人は動脈硬化が進行するリスクを持っているので30代以降であれば一度血圧脈波検査を受けることをおすすめします。
血圧脈波検査の時間は5分程度で通常の血圧測定と同じ感覚でできる簡便な検査ですが、足や全身の動脈の動脈硬化の程度を評価することが可能です。
【血圧脈波検査でわかること】
● 血管年齢
● 心臓の収縮力・拍出力
● 動脈硬化の程度
血液検査
心臓ドックの血液検査は医療施設によって検査項目に違いが見られますが、大きなポイントは「BNP(心室性ナトリウム利尿ペププチド)」が入っているかどうかです。
BNPは心臓(おもに心室)で合成・分泌されているホルモンです。「心筋ストレスマーカー」や「心不全マーカー」とも呼ばれ、心臓の機能が低下するほど多く分泌され数値が高くなります。
虚血の自覚症状が出る前からBNPの血中濃度は上昇することがわかっているので、心不全の重症度評価や心臓病の早期発見にも有用だと考えられています。
検査方法は一般的な採血と同様ですが、心臓ドックに血液検査が含まれている医療施設でも検査項目にBNPが含まれていない医療施設もあるので、医療施設を選ぶ際には少し注意が必要です。
BNPはあくまで大まかな心臓の状態を評価するための検査なので、血管の状態や心臓の動き具合など心臓の詳細な状態を知りたい場合は、超音波検査や心臓MRI検査などの画像検査を併用して受けましょう。
【血液検査(BNP)でわかること】
心不全の程度、心不全のリスク
この他、多くの医療施設の血液検査では血中コレステロール濃度、中性脂肪、肝機能、腎機能など動脈硬化の進行程度を予測できる項目も含まれています。
こんな方にはこの検査。各検査の使い分け
おおまかな検査の使い分けは下記の通りです。
● 運動した後に胸の苦しさが強くなる方→運動負荷心電図検査
● 動脈硬化、心不全を簡便に調べたい方→血液検査、血圧脈波検査
● 狭心症や心筋梗塞のリスクを詳細に調べたい方→冠動脈CT検査、心臓MRI検査
● 心不全を詳細に調べたい方→心臓超音波検査、心臓MRI検査
参考資料
厚生労働省「令和元年(2019年)人口動態統計月報年計(概数)の概況」
厚生労働省「平成29年(2017)患者調査の概況」
日本職業・災害医学会会誌第62巻第1号「全国労災病院データからみた急死例の検討」
日本循環器学会「急性冠疾患ガイドライン」(2018年改訂版)