甲状腺の病気は、日本で500万~700万人が罹患するとされているほど実は身近な病気です。また、治療が必要とされる約240万人のうち、約45万人しか治療を受けていないと報告されており*1、見逃されていることが多いのが現状です。本記事では、甲状腺の代表的な病気を紹介しつつ、人間ドックや健康診断のオプション検査でみられる「甲状腺検査」の必要性や結果の見方、費用などもあわせて解説します。
★こんな人に読んでほしい!
・オプション検査として、甲状腺検査を受けるべきか迷っている方
・甲状腺の病気に罹患しやすいとされる女性、身内に甲状腺疾患を患った方がいる方、甲状腺が腫れている・疲れやすい・急激な体重増減など気になる症状がある方
・甲状腺検査で引っかかったが、結果の見方がわからず、精密検査に行くべきか迷っている方
★この記事のポイント
・甲状腺の病気にはバセドウ病や橋本病、甲状腺がんなどがある
・バセドウ病罹患者の男女比は1:3~5、橋本病罹患者の男女比は1:20~30と圧倒的に女性が多い
・バセドウ病は甲状腺ホルモンの過剰分泌によって全身の代謝が高まるため、動悸や体重減少、暑がりなどの症状がみられる
・橋本病は甲状腺ホルモンの産出量が減って全身の代謝が低下するため、体重増加や寒がり、全身のむくみなどの症状がみられる
・甲状腺検査には、おもに血液検査と超音波検査があり、健康診断や人間ドックのオプション検査で受診する際の費用目安は約1万円(保険適用外)である
意外と身近! 女性に多い甲状腺の病気
甲状腺の病気とは? 自覚しづらい症状が多い
甲状腺は喉ぼとけの下あたりにある、蝶が羽を広げた形をした臓器です。分泌される甲状腺ホルモンは、身体の新陳代謝を盛んにする働きがあることから*2、甲状腺の病気になると、甲状腺の腫れ以外に代謝に関わるさまざまな症状がみられます。
代表的な甲状腺の病気として、バセドウ病、橋本病、甲状腺がんを紹介します。
【バセドウ病、橋本病】20~40歳代の女性に多く、身近な症状が多い
甲状腺ホルモンの分泌が過剰な「バセドウ病」と、不足する「橋本病」は、20~40歳代の女性に多く、とくに橋本病は成人女性の10%が罹患するほど頻度が高い病気です*3,*4。
バセドウ病は、過剰な甲状腺ホルモンにより全身の代謝が高まることから、動悸や体重減少、暑がりなどの症状がみられます。一方、橋本病は、甲状腺ホルモンの産出量が減り、全身の代謝が低下するため、体重増加や寒がり、全身のむくみなどの症状がみられます。
<バセドウ病と橋本病の特徴>
バセドウ病*3 | 橋本病*4 | |
---|---|---|
有病率 | 0.02~0.3% ・20~30代の女性に多い ・男女比は1:3~5 | 成人女性の10%、成人男性の2.5% ・30~40代の女性に多い ・男女比は1:20~30 |
甲状腺の状態 | 甲状腺ホルモンが過剰 (甲状腺機能亢進症) | 甲状腺ホルモンが不足 (甲状腺機能低下症) |
症状 | ・動悸がする ・疲れやすくなる ・体重減少 ・指が震える ・暑がりで、汗かきになる ・軟便や下痢になる ・イライラしやすく、落ち着きがなくなる ・月経が止まる ・甲状腺が腫れる ・目が飛び出たり、完全に閉じられなくなったりする | ・顔や身体がむくみ、体重が増える ・寒がりになる ・便秘になる ・無気力で、疲れやすくなる ・月経過多になる ・甲状腺が腫れる ・かすれ声になる ・コレステロール高値、肝機能異常がみられる |
【甲状腺がん】近年増加傾向だが、生命にかかわることは少ない
甲状腺がんの患者数は近年増えており*5、生涯で罹患するリスクは男性0.6%、女性1.7%とされています*6。症状として甲状腺にしこりがみられますが、良性であることが多く、触診で発見された甲状腺腫瘍のうち悪性の割合は11~15%程度です*7。甲状腺がんの組織型は乳頭がん、濾胞(ろほう)がんなどさまざまなタイプに分けられますが、もっとも多い乳頭がんは甲状腺がんの約90%でみられ、進行がきわめて遅いために生命にかかわることはまれです*8。また、根治的切除が行われた場合の10年生存率(手術後に10年生存した確率)は95%以上と、予後良好であることが報告されています*9。
甲状腺の病気を放っておくと、どうなる?
バセドウ病の場合、心臓が過剰に働き続けることで、心房細動や心不全などを引き起こすリスクが高まります。また骨の代謝が早くなることで、骨密度が低下し、脆弱性骨折などが起きる可能性もあるため、治療が必要です*3。
橋本病の場合、4~5人に1人未満の割合で甲状腺機能の低下がみられますが、その状態で長期に放置すると、まれではあるものの悪性リンパ腫を発症するリスクがあるため、医療施設での経過観察が大切です*4。
また、バセドウ病、橋本病ともに、流産・早産や妊娠高血圧症候群のリスクが高まるため、妊娠希望の方は甲状腺ホルモンを正常に保つための治療を行います*4,*10。
甲状腺がんの5年相対生存率は、甲状腺に限局した場合が100%なのに対し、放置してほかの臓器に転移すると47%*5にまで低下します。早期発見、早期治療の重要性がわかる数値と言えます。ただし最も多いタイプの乳頭がんは、極めてゆっくりと進行するため、がんの大きさが1cm以下であれば、手術をせず経過観察となる場合もあります*11。
甲状腺の病気はセルフチェックでわかるもの?
甲状腺の病気は、甲状腺に腫れやしこりがみられるのが特徴的ですが、自分でもはっきりわかるほど腫れるのはまれであるため、セルフチェックは難しいことが多いです。また、甲状腺がんの発見率は、触診で0.78~1.78%であるのに対し、超音波検査では6.9~31.6%まで上昇すると報告されています*7。そのため、甲状腺の病気は触診に加え、超音波検査や血液検査も組み合わせるなど、多角的な検査が必要です。
ただし、自覚症状として、喉ぼとけの下あたりに腫れやしこりがある、何かを飲み込む際に異物感があるほか、急激な体重増減や月経異常、疲れやすいなど、先述の「甲状腺の病気とは? 自覚しづらい症状が多い」で紹介した症状があれば、早めに医療施設を受診しましょう。
人間ドック・健康診断のオプション検査で受けられる甲状腺検査
甲状腺検査は本当に必要? 女性や、心当たりの症状がある方は受けよう
日本における甲状腺疾患の罹患数は、500万~700万人ほどと推計されており*1、さほど珍しい病気ではありません。前述した症状と一部重複しますが、下記に当てはまる方は一度検査を受けてみましょう。
・女性(甲状腺疾患の男女比は女性が高い)
・疲れやすい、だるい、息切れや動悸がする、汗をたくさんかく
・体重が急に増えた/減った
・首や喉が腫れている
・甲状腺の病気になった親族がいる
・放射線療法の治療をしたことがある
・甲状腺の病気と診断されたことがある
女性は“なんとなく不調”ということがつきものですが、その原因が甲状腺と関わっていることがあります。先述の「【バセドウ病、橋本病】20~40歳代の女性に多く、身近な症状が多い」で紹介した通り、バセドウ病罹患者の男女比は1:3~5、橋本病罹患者の男女比は1:20~30と圧倒的に女性が多いです。“なんとなく不調”が続く場合は、甲状腺検査の受診をおすすめします。
甲状腺検査では、おもに血液検査と超音波検査が行われる
人間ドックや健康診断のオプション検査として行われる甲状腺検査には、おもに血液検査と超音波検査があります。これら検査の特徴や結果の見方について解説します。
甲状腺ホルモンの量を調べる血液検査
甲状腺の血液検査では、おもに「甲状腺ホルモン(FT3、FT4)」「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」を測定し、バセドウ病や橋本病を始めとした甲状腺機能亢進症・低下症を推測します*12。
甲状腺刺激ホルモンとは、甲状腺ホルモンの量を調節するために、脳から分泌されるホルモンです。検査によって、甲状腺機能亢進症では、甲状腺ホルモンが多いため甲状腺刺激ホルモンの分泌が抑えられ、逆に甲状腺機能低下症では、甲状腺ホルモンが少ないため甲状腺刺激ホルモンの分泌が増える、といった結果が得られます。
基準値(基準範囲)は、医療施設や検査キットによって異なります。Webや書籍上の数値と比較はせず、受診した医療施設の検査結果に従ってください。なお、各検査項目の値の高低によって疑われる病気は下記の通りです。
<甲状腺検査の結果から疑われる病気*9>
検査結果 | 疑われる病気 |
---|---|
甲状腺ホルモンが多い(FT3・FT4高値) 甲状腺刺激ホルモンが少ない(TSH低値) | バセドウ病など(甲状腺機能亢進症) |
甲状腺ホルモンが少ない(FT3・FT4低値) 甲状腺刺激ホルモンが多い(TSH高値) | 橋本病など(甲状腺機能低下症) |
甲状腺の状態を画像でみる超音波検査
甲状腺超音波(甲状腺エコー)検査は、超音波の反射波により甲状腺を画像化し、甲状腺の大きさ、腫瘍の有無・位置・大きさ・性状を調べる検査で、所要時間は10~20分ほどです。検査の結果から、甲状腺腫瘍、バセドウ病、橋本病などの病気を推測できます。
超音波検査の画像は濃淡のある白黒で表され、下表のとおり各病気によって見え方が異なります。ただし甲状腺腫瘍は、その腫瘍の種類によって見え方が異なり、バセドウ病や橋本病の軽症な方では異常がみられないこともあります。超音波画像の詳細は、担当医にたずねましょう。
<超音波画像での見え方*13,*14>
甲状腺の病気 | 超音波画像での見え方 | |
---|---|---|
甲状腺腫瘍 | 良性 | ・しこりの境界がはっきりしている |
悪性(甲状腺がん) | ・しこりの境界がぼんやりしている ・白い石灰化した部分がみえることもある |
|
バセドウ病 | ・甲状腺全体が腫れて大きくみえる ・血流が多くなっている ※軽症の場合は、正常な甲状腺と変わらないこともある |
|
橋本病 | ・甲状腺全体が腫れて大きくみえる ・甲状腺の表面がデコボコしてみえる ・甲状腺の内部が黒っぽくなり、色にムラがあるようにみえる ※軽症の場合は、正常な甲状腺と変わらないこともある |
甲状腺検査の費用は、自由診療と保険診療で異なる
人間ドックや健康診断のオプション検査として甲状腺検査を行う場合は、自由診療であるため全額自費(保険適用外)になります。費用は医療施設によって異なりますが、甲状腺に関わる血液検査と超音波検査を組み合わせた場合、1万円前後であることが多いです。結果が要精密検査と指摘された場合は、再検査に加えてCT検査や「穿刺(せんし)吸引細胞診」を行うことが多く、健康保険が適用される保険診療となります。穿刺吸引細胞診とは、細い針を刺して組織を採取する検査です。
甲状腺検査の気になるポイント
健康診断や人間ドックの検査で、甲状腺の病気があるか確実にわかる?
健康診断や人間ドックのオプション検査(甲状腺に関わる血液検査や超音波検査)で甲状腺の病気の診断がつくこともありますが、精密検査が必要なこともあります。たとえば、バセドウ病疑いの方は「抗TSHレセプター抗体(TRAb、TSAb)」、橋本病疑いの方は「抗サイログロブリン抗体(TgAb)」「抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)」という項目の血液検査などが行われます*9。甲状腺がん疑いの方は、しこりが良性か悪性かを判定するために、穿刺吸引細胞診などが行われます*12。
甲状腺の病気を予防する方法はある?
とくにヨウ素の含有量が多い昆布を毎日大量に食べる、またはヨウ素含有のうがい薬を多用すると、甲状腺機能低下症(橋本病など)になることがあります*15。ヨウ素は甲状腺ホルモンの主原料であり、過剰摂取によって甲状腺ホルモンが産生されなくなるためです。過剰摂取は控えたほうがよいですが、偏った摂取でなければ問題ありません。世界では、海藻類を食べる習慣がないことで、ヨウ素不足が問題となっている国が数多くあります。
また、喫煙についても、甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)の発症や眼球突出の悪化、甲状腺機能低下症(橋本病など)の悪化にかかわるため避けましょう*15。
ただし、甲状腺の病気を確実に予防する方法はありません。大切なのは早期発見ですので、気になる症状などがあれば甲状腺に関わる血液検査や超音波検査を受けましょう。
甲状腺が腫れているけど、検査したほうがいい?
甲状腺の腫れに気づいた方は、放置して悪化させることがないよう、早めに医療施設を受診し検査を受けましょう。甲状腺の病気は、今すぐ治療が必要となることは少ないですが、すぐに治療が必要となる可能性も少なからずあります。
参考資料
*1.日本甲状腺学会 甲状腺疾患啓発・検査推進運動
*2.日本内分泌学会 甲状腺機能低下症
*3.日本内分泌学会 バセドウ病
*4.日本内分泌学会 橋本病(慢性甲状腺炎)
*5.国立がん研究センター がん情報サービス がん統計 甲状腺
*6.国立がん研究センター がん情報サービス がん統計 最新がん統計
*7.日本内分泌学会 甲状腺腫瘍(良性・悪性)
*8.国立がん研究センター がん情報サービス 甲状腺がんについて
*9.日本臨床検査医学会「臨床検査のガイドライン JSLM2018」
*10.日本内分泌学会 潜在性甲状腺機能異常
*11.国立がん研究センター がん情報サービス 甲状腺がん 治療
*12.国立がん研究センター がん情報サービス 甲状腺がん 検査
*13.日本超音波医学会「甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準」(2011年)
*14.平野浩一「甲状腺超音波診断」杏林医学会雑誌 48巻1号(2017年)
*15.チーム甲状腺 知っておきたいこと・自分でできる注意